今回、自家用飛行機の操縦免許をアメリカで取得しました。取得の動機は飛行機の操縦ということより、日本とアメリカの規制の違いが、非常に面白いと感じたからであります。実際「えぇっ?こんなことしていいの?こんなところで、いいの?」の連続でした。常日頃、私は日本の規制だらけの行政に腹立たしさを覚えながら、そしてそれが日本の産業に足かせになっているに違いないと憤りを感じておりました。ですから、免許の練習が進むにつけ、アメリカの航空行政がどうなっているのか興味がわき、約2年間の自家用の免許を通して、多少ですが知識を習得することが出来ました。
そこでその過程で撮ったビデオを編集し、まとめてみました。このビデオを通じてアメリカ人が生活の中で自家用機の飛行を楽しんでいる状況と、そこから派生する航空事業という一大産業と、航空行政の日米の違いを想像していただきたいと思います。日本とは全く異なる状況が垣間見れます。編集に関しましては、録画とナレーションが粗雑でありますことをご了承下さい。
取得要件の概要
○身長、視力
先日ニュースになったJALの女性初42歳パイロットですが、身長が7センチ足りず、日本の航空大学に行けなかった為、やむなくアメリカで免許を取った後、日本で訓練を受け、晴れて機長として初飛行したとのことでした。その様な状況はアメリカで多々聞いたことがあります。私もそういう若い人達をフライトスクールで多く見ました。日本は基準が厳しいのですが、アメリカは視力も、前が見えれば大丈夫?とかいいます。私も裸眼で0.1、矯正で0.7です。
○体験飛行
グアム観光中のことでしたが、いきなりグアム国際空港の滑走路6Rで離陸しました。「操縦桿を持って、パワーを入れて」と機長(セスナ機の教官)の指示のままにして、離陸、水平飛行、着陸を体験しました。その体験の驚きが今回取得のきっかけです。
日本は身体検査(2万円位かかる)を受けてからでないと体験できません。ですから、体験飛行は現実的には不可能です。
○ソロ飛行
身体検査を受けて教官のエンドースメント(推薦、信任)を受けてから、単独飛行です。空港の周辺を3周位するのが、初単独飛行の状況です。私もグアム空港の周辺を3周しました。眼下にはグアムのホテル街があります。1周は一辺6キロ、1周18キロの、空港を一辺中央に置いた長方形です。約6分で1周します。高度は1000FT(約300M)です。
○訓練空域
訓練空域は空港に遠くない地域に設定されています。グアムでは島の南端ですが、そこに行くまでの時間が惜しいので、その時間も使いながら訓練を開始します。また空港の周辺(グアムではホテルロードの上空)はどこも、場周パターン、離着陸(タッチアンドゴー)の訓練場所です。ホテル街、民家を眼下にして練習しますが、上空を気にしている住民もいないようです。
○クロスカントリー
実技試験を受ける前に、単独で往復250マイル(航空用語で使うマイルは1.8キロ)以上の飛行が必要です。その間3ヶ所以上の空港の離着陸をします。私はロングビーチ空港(ロス空港から東20キロ)から出てから南東に向かい、ディズニーランド、アナハイムスタジアムの上空を抜け、パームスプリリングスのゴルフ場を眼下に見て、その先の空港まで片道250キロ、往復500キロほどの単独飛行をしました。
それまで仮免らしき試験もありません。教官のエンドースメントだけです。教官の信任だけで、それだけの単独飛行をさせるのです。離着陸する空港や途中の経由地には当然他機が飛行していますが、タワー空港以外ではパイロット同士の無線交信でニアミスを避け、無事に出発地に帰ってくることが、そのクロスカントリーの条件です。自家用機免許の試験はその後になります。
○チェックライド
試験官同乗で、試験項目のチェックがされます。失速、スローフライト、スティープターン等です。要するに飛行機は、水平に真っ直ぐ飛ばせるのが条件ですが、飛行機は左に曲がる傾向と、風向き等の条件の変化で上下左右しますので、諸条件の中、いかにストレート&レベルフライトを維持できるかの試験となります。
○語学
語学力は無線が中学生程度必要です。最初はスピードが早いから驚きますが、英単語の羅列で文法は不要です。オーラルは英検2級程度かと思います。 航空用語はなぜか、日本語より英語の方が読みやすく簡単に思えます。日本語はやたら難しく、回りくどく表現し、かつ国土交通大臣の権限の羅列で嫌味たらしく、とっつきにくいのですが、英語はへえ?こんな表現?というのが多く、非常に勉強になったのも、取得に繋がった一因です。
例えばこんな規定があります。上空で飛行機から物を捨ててはいけないのですが、十分気をつけて人、物に損害を与えなければ、アメリカではOKです。日本では国土交通大臣の許可が要ります。上空で許可が取れますか?この違い英語で読むと、本当に笑えます。
まとめ
私が思いますに、アメリカでは既に飛行機は機能的には落ちないという前提で、航空法があり、空港があるのではないしょうか。定期便の事故は、1日の世界中の到発着便数10万便に比べれば、殆ど皆無です。
こんなことがありました。着陸態勢に入っている私のセスナ機の前を、ジェット機が離陸し始めました。管制官がセスナは遅いから早く行けとジェット機に指示したのです。私はとても驚いたのですが、航空法には安全の最終責任は機長にあると書いています。管制官が何を言おうと最終責任は機長にあります。ジェットの機長は離陸するか否か、自己判断です。双方の機長が気をつければ事故にはなりませんし、実際なりませんでした。日本ではあり得ない状況です。日本では管制官、そして国土交通大臣に責任があるとなっているかと思います。
アメリカでは事故は自己責任、だから原則自由、制限規制は最小限。日本は責任が大臣、そして国にある。だから国は何でもかんでも規制を敷き、がんじがらめでも事故がない社会にしないと、大臣が責任を問われ、国が賠償責任を負わなければならない。そういう法律の作り方の違いから、この規制の違いになるのでしょうか。
従って日本の国民は空港を目の前にしながら、規制だらけで使えないのです。そして空港は赤字経営。なにも空港だけではありません。行政の施設には多々あります。作っておいて使わせない。遠くに作り、利用時間を制限し、事細かい使用規則を作ります。美術館でも写真を禁止しているのも、日本だけ。著作権の保護とか言いますが、嘘だと思います。ルーブル美術館でも禁止されているのは「モナリザ」だけであります、多分?
また日本のマスコミは、事故の報道ばかりで危険性を煽りたて、それで以って航空産業育成が阻まれているようで、残念でなりません。そんな状況もあってのことでしょうが、日本の技術を以ってすれば、飛行機の本体のみならず計器類にももっと廉価で性能のいいものが搭載される筈です。中国インドが発展した時、鉄道の次の交通機関は飛行機です。その時に日本の技術がどういう状況にあるのか危惧しています。航空事業に携わる諸々の事業も然りです。
日本人は大半が中流階級と思っていますが、アメリカの水準からすると、幻想にすぎないように思います。アメリカの中流階級は自家用軽飛行機も持っているように思います。空港の数、飛行機の数(因みにロサンゼルス空港の空域半径54キロ内にある空港は11空港、カルフォルニア州には大小250の空港と、そこには駐機している飛行機があります)、飛行機の価格(中古の飛行機は中古自動車並み、2or300万とか、維持費も安いと聞きます)を考えると、飛行機を所有する階層は、金持ちだけではないように思います。その状況はグーグルアースで、各空港の状況を見ていただけます。
そうだとすると、豊かなアメリカの中流階級に比べ、日本の中流はアメリカの中流には追いつけず、中国インドの中流に今にも追い抜かれそうな現実は、真近に迫っていると思います。日本人の中流意識と平等意識が、アメリカや欧州に比べ余りに低く設定され、既にそれに慢心し、向上心も無くした結果、世界の競争からは後れをとり、新興国にも技術と産業に後れをとる原因となっている、と私は思います。
日本だけの狭い社会での中流意識、平等意識が、今に中国インド、ブラジル等新興国の貪欲な競争社会に負け、ひいては世界での競争に負け、日本が衰退していく現実はすぐそこまで来ていると、今回アメリカでの経験でそう思った次第です。
平成22年 7月 28目 木村 幸博